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老斤里虐殺事件を描いた韓国映画『小さな池』

画像 1950年7月、朝鮮戦争のさなか米軍による民間人虐殺事件として今日有名となったノグンリ(老斤里)事件を描いたことで話題となった作品。

 1950年7月、朝鮮戦争勃発1ヶ月後の忠清北道永同郡黄澗(ファンガン)面老斤里。戦争が始まったとは言えこの村での生活はまだまだのんびりしたものだった。だがその平和な村に突然米軍が入ってくる。そして日本語で「この地域は戦闘地域となりました。村民は直ちに疎開して下さい」とアナウンスして回る。とはいえ、疎開しろと言われてもどこに行ったらよいのか分らない。

 とりあえず、何かあったら逃げろと言い伝えられていた山の方に逃げ込むのだが、そこへ米軍がやってきて、山はダメだ、麓の方へ降りろとやはり伝えにくる。多くの村民が麓に降りれば米軍が避難用のトラックでも用意してくれるのかと期待して麓に降りる。しかし、道路を歩いていると米軍はトラックを用意するどころか、道を歩いていると軍のトラックの通行に邪魔だと道の脇に追い立てる。それどころか、突然戦闘機がやってきて村人たちの一行の射撃を始める。じつは戦闘地域から出ようとする村人は一人残らず射殺しろとの米軍の指令が下っていたのだった...

 本作品は登場人物等は再構成されているものの事実に基づいて作られている、というクレジットが映画の最初の方に入る。韓国映画の場合事実に基づいている、と称されていてもかなり大胆な脚色がなされていることが多く(例えば『国家代表』などは実話に基づくと称されながらもエピソードの多くはフィクション。設定の一定部分のみ実話を背景にしている)、本当にどこまでが事実なのか分らない。ただ、起こった事件自体は悲劇ではあるものの、本作品のドラマ展開自体は淡々としており、韓国人好みの劇的、演出的と思われるような展開はあまり見られないことから、韓国映画としては珍しくかなり事実に忠実に作られたのではないかと推察される。

 映画はあくまでも村人たちの視点で展開されることを重視しており、村人たちが射撃を受ける場面も、見ている観客自身が射撃を受けるようなそんな画面作りが重視され、観客たちが村人と立場と一体になるような臨場感を感じさせるような方向で演出されている。その一方、劇的脚色はかなり排され、また、村人の特定の人物に焦点を当てて主人公にしたりせず、群像劇的な色彩が強い。敢えていうならば村人全体が主人公なのである。さらに、なぜこのような事件が起こってしまったのかというような説明も極力排されている。つまり、感情移入的要素や説明的要素を極力排し、村人たちが受けた不条理な体験をそのまま観客たちにも不条理な映像的バーチャル体験としてどう感じさせるかという一点に向けて演出の方向が向けられている(このため出来るだけ大画面で見ないと良さが分らない作品でもある)。

 そういった意味では、何かとストーリー的に劇的な演出、感情移入的要素が追求されがちな韓国映画界に対し一石を投じる、ある種実験的な色彩の強い(といって抽象的、観念的というのとは違う)、他の韓国映画とは一線を画す演出傾向の作品と言える。このあたりは、必ずしも興行的成功を狙ったというよりは、事件をどう伝承していくかという点を重視して作られているということもあるのだろう。

 ただそのような特徴は逆に弱点とも考え得る訳で、そもそもノグンリ事件に関して何の知識もない外国人観客が持つであろう、なぜこんな事件がおこったのか、どうしてこんなことがあり得たのか、というような疑問に答える映画にはなっていない。もちろんこの悲劇に遭遇した人々にとってはただただ不条理な厄災であった訳で、それらを説明するのはこの映画の射程範囲ではなく、この映画を見た後に各自が考えるべき問題として残されるということであるのだろうが... また韓国人からはドラマ性欠乏の映画と見られる可能性はある。

 出演陣には、ムン・ソングンを始め、カン・シンイル、キム・レハなど芸能界の民主派が総出演。また『妻の愛人に会う』で印象的な演技を残してこの世を去ったパク・グァンジョンも村人の一人として出演し、映画の最後に追悼の献辞がある。

 なお、題名の『小さな池』は、この映画製作のために自作曲の使用権無償提供を申し出た作曲家キム・ミンギの曲「小さな池」にちなんで付けられたようだ(出典: http://wireworrior.tistory.com/88)

 韓国では2010年4月15日封切り。全国観客動員数47119人(KOFICデータ)。日本では真! 韓国映画祭2011で『小さな池 -1950年・ノグンリ虐殺事件-』との邦題で公開。

 監督のイ・サンウは1951年生まれ。Cine21データベースの記述によれば、元々は映画界の人物ではなく演劇界を代表する中堅の演出家。韓国芸術綜合学校映像院教授でもあり、旧知のヨ・ギュンドン監督の作品群(『セサンパクロ(世間の外へ)』『美人』等)の脚本にも協力してきた。1978年以降数々の演劇とミュージカル、オペラの演出も手がけ、オリジナル演劇台本の執筆も多い。長編映画作品としては本作が監督デビュー作。

 なお、本作品のDVDは未だ韓国では出ておらず、一足先に香港盤が出ている。筆者が入手したのも香港盤。画像の解像度は片面一層ながらも優秀で、最近の一般的な韓国盤を抜く。但し色彩は、私の環境では多少彩度が高すぎる感じがあり、若干人工的な印象。おそらく素材のテレシネは韓国ではなく香港で行われたものと思われ、韓国盤の一般的な映像傾向とは異なる。香港盤DVDには中・英字幕付きだが、この盤の英語字幕は中国語からの重訳と思われ、固有名詞等がおそらく漢字の広東語読みになっていて違和感があるのと、個々の台詞に関しても、訳の大意は合っていたとしても、オリジナルの台詞からの乖離が度々見受けられる。付加映像の収録はなし。

 商業性も少ない作品で、韓国のDVD市場も冷え込んでいるので韓国盤の出版は望み薄かもしれない。

原題『작은 연못』英題『A Little Pond / The Bridge at Nogunri』

監督:이상우

2009年 韓国映画

DVD(香港盤)情報

発行販売: PANORAMA Co. Ltd. 画面: NTSC/16:9(1:1.85) 音声: Dolby5.1/2 韓国語 本編:86分 リージョンALL

字幕:中/英(On/Off可) 片面一層 2011年 2月発行 希望価格HK$100.00

『小さな池』予告編

http://www.youtube.com/watch?v=WGVPuo6ezIw