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STAP問題の領域はそもそもサイエンスではない

 須田桃子氏のSTAP細胞を巡るルポルタージュを読んで考えたことは、そもそもSTAP細胞問題とはサイエンス (Science) の領域の問題ではない、ということである。これはSTAP細胞事件が捏造だからそうだと言っているのではない。仮にSTAP細胞が正しくできていたとしても、そもそもサイエンスではないのである。  日本ではこの問題は「科学」領域の問題であると一般に考えられている。仮に「科学」をScicenceの訳語だと考えると、それは正しくない。ただ、「科学」をScicenceの訳語ではなく、いわゆる「理工系」学問の領域だと考えればそういった解釈も間違いではない。  だが、英語世界では「理工系」の学問 = Scienceではない。辞書を見てみれば分るが、理学は (Natural) Scienceであることは間違いないが、工学の訳語は、というとEngineeringであって、決してScienceではない。で、日本ではScienceとEngineeringの違いについて明確に認識されていないが、英語世界では明確に異なるものと考えられている。何が異なるかというと、Scienceとは「なぜ」特に因果関係にまつわる「なぜ」に答える学問であるのにたいし、Engineeringは、因果関係の「なぜ」を追求するのが最終目的ではなく、何かを作り出すことが目的の学問である。  Engineeringであれば、一定の手法で一定の製品ができればよいのであり、極論をすれば、なぜその手法を使うとできるのかを解明することは必ずしも必要ない。もちろん科学の知識を活かすだろうが、それは効率的に物作りをするためであって、目的は科学的真理を追究することにあるわけではない。またなぜそのような手法であるものが作れるかが解明できれば、より安定的にものを作ることに寄与するではあろうが、それが目的ではない。  そういう意味では、小保方氏の仕事は明らかにEngineeringであって、Scienceではない。従って、小保方氏はScientistの訳語としての「科学者」ではなく、Engineerであり、『捏造の科学者』という須田氏の題も不正確である。  ともあれ、過去の報道に触れたり須田氏の本を読んだ限りでは、小保方氏の役割は、通常の細胞に何らかの刺激を与えて、ある種の細胞 (それは小保方氏の言う「STAP細胞」) を生み出すことであり、その細胞が本当に万能性を持つのかどうかを検証するのは若山氏だったようである。従って、以前却下された投稿で指摘された、STAP現象は細胞の塊レベルではなく、単一レベルでその万能性を検証すべきという責任は若山氏にあったように思われる。  ただ、須田氏の著書に、若山氏は専門分野が違うので分子生物学的データが分からず、小保方氏の実験結果を分子生物学的観点から検証するという意識がそもそもなかった、という指摘もあった。これは素人目には非常に驚くべき指摘であるが、要は若山氏の専門も Engineering であるのだろう。つまり、小保方氏も若山氏もEngineer (エンジニア) であってScientist (科学者) ではなかった。とすると全体を通して Scientific な裏付けを行う役割を担っていたのはやはり笹山氏だった、ということなのだろうか。  いずれにせよ、須田氏の著書の問題点はこの三者の論文での役割およびもつべき責任範囲が今ひとつ明確にされておらず、そのため全体の印象がやはり小保方主犯説に傾いているように思われる点である。もちろん小保方氏はファーストオーサーだから最終的な責任を道義的にもすべて負うべきだ、という考え方もある。しかし、一方で、小保方氏が本当にファーストオーサーで良かったのか、というところも含めて、責任問題が論じられるべきだったようにも思われる。  また世間のかなり激しい反応の一部は、Scientist と Engineerの役割の違いへの理解不足に起因する部分もあるように思われる。  またSTAP細胞に関して最初に発表されたバカンティ氏の論文に関しても、まともな論文ではない、と指摘する声も本書の中で紹介されていたが、こう評される理由もまた、その論文が Scienceの論文ではなく、Engineeringの領域の論文であったかではないだろうか。 前項記事 http://yohnishi.at.webry.info/201606/article_1.html