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ヌリ・ビルゲ・ジェイラン国内未公開作品 『Uc Maymun (三猿)』

画像 日本で映画祭公開やCSシネフィル・イマジカでの放映が行われている、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の日本未公開作品。英題は『Three Monkeys』仏題は『Les Trois Singes』。この題は、日光東照宮の「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿に語源があるようだ。

 エユプ(Yavuz Bingöl)はイスタンブール近郊の海沿いの町に、妻ハセル(Hatice Aslan)と長男イスマエル(Rifat Sungar)と住んでいる。彼は裕福な会社社長で議員のセルヴェ(Ercan Kesal)の運転手として勤めている。

 ある晩、セルヴェは自家用車を運転中ひき逃げを起こしてしまう。まもなく選挙を迎える彼はもしこの件が明るみに出ると政治生命を絶たれてしまうと、慌てて弁護士に相談すると、運転手に罪をなすりつければ何とかなるだろうとアドバイスを受け、エユプを呼び出して自分の代わりに自首するように説得する。服役期間中の給料の保証および服役後の報奨金と引き替えに。エユプはやむを得ず替え玉出頭を承服する。

 長男のイスマエルは大学受験浪人中だが、父親が服役という非常事態にあっても、一日ごろごろするか、友達と遊び歩いて、受験勉強を一所懸命する様子もない。ハセルは、むしろアルバイトでもするか、大学をあきらめて就職をした方が良いのではないかと気をもんでいる。しかしイスマエルは母親の言葉に耳を貸すこともしない。

 しかし、あるときイスマエルは車を買ってほしいと言い出す。ハセルはとんでもないと一旦は一蹴するが、車を買うことが長男の改心のきっかけになるのではという一縷の望みを抱いて、夫に罪をなすりつけたセルヴェに車代を出してほしいと申し出にいく。セルヴェはその要求はエユプの指示なのかを彼女に確認すると、そうではないという。一瞬たかりに来たのかと困惑するセルヴェ。だが考え直して、その申し出を承諾する。....彼女の体と引き替えに...

 だがその決定が4人の関係を決定的に悲劇的なものに転じてしまう...

 『うつろいの季節』で男と女の気持ちの決定的なずれをミニマリスティックな心理描写と美しいmise-en-sceneで描いたヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督であったが、本作品ではさらにその男と女の心理のどろどろがパワーアップしている。ストーリー的にも緊迫感を増しているので、『うつろいの季節』がやや退屈に感じられた人の中にも、本作品に引き込まれる人はいるかもしれない。ただ、決定的なイヴェントほど露骨に描かずに黙示的に描くという傾向は強まっているので、映像リテラシーの低い人にはストーリーについて行けないという人も出てくるかもしれない。

 お話的には、後で取り上げるつもりである、台湾のチャン・ツォーチ監督の『愛が訪れる時』と完全に対照的な作品。『愛が生まれる時』は薄っぺらく見えた家族の人間関係が、家族の解体の危機を通じて、実は人々の心の底にある真(or 深)情が初めて姿を現すという作品であったが、本作品では逆にわかり合い、助け合っているつもりであった家族が、危機と、「三猿」を実行することを通して、むしろバラバラな理解し合えない個人の集まりであったことが明るみに出てしまうという、非情なもの。ただこれはこれで真理を突いているし身につまされる部分も大いにある。

 この家族を真実に向き合おうとしないと非難する向きもあるかもしれない。あるいは無難に過ごそうとしたから家族崩壊に至ったと... 確かにそういう側面もある。ただ一方でそれは互いの判断を尊重するという判断の結果かもしれないのだ。

 それらが絵を思わせるような美しいシーンとカメラワークの連続によって黙示的に描かれている。美しいシーンと距離を置いた冷徹な視線との対照が印象的な作品。カンヌ映画祭2008年度mise-en-scene賞(日本では監督賞と訳されているがちょっと違うような気がする...) 受賞も非常に納得の出来。

 監督略歴等は下にある『Les Crimats / うつろいの季節』映画評を参照。

 なお、フランス盤DVDのクオリティだが、DVDのフォーマットの限界に近い極めてクオリティの高いもの。画像はフランス盤らしいコントラストのしっかりした、彩度が美しく透明度の高い画像で、輪郭強調やゴーストもほとんど目立たずナチュラル。Mise-en-sceneの美しい本作品を活かすには最高の画質。アップスケーラーを通して1080pで投影すると、下手なBlu-rayと同等かそれを凌ぐほど。強力推薦盤。

 なお、英語字幕が必要な人にはイギリスのDrakes Avenue盤がある。もしPyramide盤の素材をそのまま流用して、変に再エンコードなどを行っていないとすれば、期待が持てるが、筆者はイギリス盤の方は未見。是非ハイクオリティPAL盤の世界を味わってほしい。またトルコのImajより英、仏、トルコ語字幕のBlu-rayが出ているようだ(税抜価格15.25トルコリラ)。画像

原題『Üç Maymun』英題『Three Monkeys』監督 Nuri Bilge Ceylan

2008年 トルコ=フランス映画

DVD(仏盤 Nuri Bilge Ceylan作品集) 

発行・発売:PYRAMIDE Video 画面: PAL/16:9(1:2.35) 音声: Dolby5.1 トルコ語 本編: 104分

(画面フォーマット等は本作のデータ)

リージョン2 字幕: 仏(On/Off可) 片面二層(5枚組) 発行年2009年11月 希望価格 Eur 44.98

『Les Crimats / うつろいの季節』映画評

http://yohnishi.at.webry.info/201104/article_7.html

『Kasaba』映画評

http://yohnishi.at.webry.info/201105/article_26.html

ジェイラン監督公式サイト(英語・トルコ語)

http://www.nuribilgeceylan.com/